心の備忘録

20歳大学生の日記です。

「自由に生きたい」なんていいわけ

時々、長期休みや課題に追われている時なんかは特に。なんですけど、人生について漠然と考える時があって、そういえば僕は昔から「自由に生きたい」と願っていたと思うんです。

いうえです。

 

ぼくは別段、名家の生まれでも高学歴でもないんですけど、思えば中学の頃からできないなりに勉強を一生懸命やってきたし、高校生の頃、家があまりお金持ちでないことを悟ってからはお金持ちになるべく、それを目的に勉強していました。大学1年の夏休みなんかはスマホのSUUMOアプリでタワーマンションの価格を見てたことを思い出しました。なにしてんねん。

でもよく考えれば、僕の「自由に生きたい」という将来の目標?願いにお金は必要ないと最近気が付いたんですね。

本当は最初から分かってたんだけど、それがはっきりわかってしまったら勉強の目的がなくなってしまうから、無意識のうちに考えずにしていただけなのかもしれないし、本当に最近気が付いたのかも、それは分からないけどどうでもいいか。

 

 

「自由に生きる」ということを突き詰めて考えてみました。

すると僕にとっての自由は、『何にも追われず面倒くさいことは考えず、長い人生の時間を感じながら生きる。』といったものでした。

宵越しの銭は持たねぇやら、その日の酒とパンを買う金だけあれば良いやら、そんな江戸っ子のレベルまで極端ではないですけど・・・。

 

それで、僕は昔からこう考えていたんだ。自由に生きたいなんて漠然とした願いの中身はこんなんなんだ~と分かってなんだかすっきりしたんです。

 

 

すると、ぼかぁ何故私立の医療大学なんかに安くないお金を払って興味のない学問を朝から晩まで勉強せねばならんのだ。何のために。

 

お金持ちになるために。

 

 

 

彼女に辛い思いをさせないため?

 

子どもを育てるため?

 

 

家族を養うため?

 

 

 

もう後戻りのできない今、僕は理由を探す旅に出ているのかもなんてノスタルジックなこと考えちゃうわけですよ。

 

こんな課題に追われている日なんかは特にね。

 

 

いうえ